泉ピン子さんの若い頃は、ふっくらした頬と、くるくる変わる表情がとてもチャーミング。歌謡漫談で活動していた時代の写真には、女優としておなじみの姿とはひと味違う華やかさがあります。
『ウィークエンダー』のリポーターから、『おしん』や『渡る世間は鬼ばかり』で知られる女優へ。髪型や衣装だけでなく、演じる人物によってがらりと変わる雰囲気も見どころです。
10代のデビュー期、20代から60代の出演作、そして70代の近影まで。泉ピン子さんの顔立ちの変化と、その時々の仕事を写真とともにたどります。
泉ピン子の若い頃が可愛い!10代からの顔画像まとめ
歌うことが好きだった幼少期
泉ピン子さんは1947年9月11日生まれ。東京で育ち、父は浪曲師として活動していました。歌や語りの世界が身近にあったことは、後の芸能人生にもつながる原点ですね。
幼少期の鮮明な顔写真は確認できていません。
ギター漫談で歩き始めたデビュー期(18歳〜19歳)
所属事務所のプロフィールによると、泉ピン子さんは18歳で歌謡漫談家としてデビューしました。最初からドラマの女優だったのではなく、歌と話芸でお客さんを楽しませる仕事が出発点です。

師匠・牧伸二さんと写る写真は、1966年の18歳当時として紹介されているもの。ふっくらした頬と、にっこり笑ったときの目元が可愛らしいですね。

ギターを抱えるデビュー期の写真には、舞台に立つ人らしい華があります。髪を高くまとめ、ワンピースにヒールを合わせた装いも新鮮。産経新聞の本人インタビューでは、駆け出しのころに演芸場やキャバレーを回り、19歳で東急文化寄席の舞台に立った経験が語られています。
巻き髪と笑顔が可愛い下積み時代(20歳〜25歳)
20代前半も、泉ピン子さんは舞台を中心に活動していました。テレビで広く知られる前の写真を見てみると、ボリュームのある巻き髪やきちんとした衣装に、当時の流行が感じられます。

22歳頃の写真は、大きく開いた目と、ふんわりした髪のシルエットが印象的です。タートルネックの落ち着いた装いでも、顔まわりには若々しい華やかさがありますね。

こちらはテレビ朝日の番組で公開された、1972年のあさま山荘事件当時の写真。泉ピン子さんは24歳頃でした。横に流した前髪と自然な笑顔が、先ほどの写真より柔らかな雰囲気をつくっています。丸みのある輪郭は同じでも、表情によってずいぶん印象が変わります。
ウィークエンダーで注目された20代後半(26歳〜29歳)
転機となったのが、1975年から出演した日本テレビ系『ウィークエンダー』。事件や話題を伝えるリポーターとして注目され、泉ピン子さんの名前が全国に広まっていきます。

1975年の取材写真では、細かなカールをつけた髪と、身ぶりを交えて話す姿が目を引きます。今にも声が聞こえてきそうな表情で、舞台で磨いた話し手としての勢いが伝わる一枚です。

同じ年には、森光子さん主演のホームコメディー『花吹雪はしご一家』にも出演。泉ピン子さんは一子を演じました。着物姿で料理をする場面は、取材写真の華やかな巻き髪とは対照的。日常の中にいる人物へ自然に見せる力が、この時期からうかがえます。
ボブヘアと着物姿が印象的な30代前半(30歳〜32歳)
1977年には『哀恋蝶』を発表するなど、歌手としても活動していた泉ピン子さん。30歳当時の写真には、頬の丸みを残しながら、大人らしくなった表情が写っています。

短めのボブに白い衣装を合わせた姿は、顔まわりがすっきりしていますね。大きな目と口元の動きがよく分かり、話している途中の一瞬にも愛嬌があります。

1978年のNHKドラマ『花々と星々と』では、また違った一面が見られます。髪をまとめた着物姿で振り返る表情には、周囲の様子を気にする人物の気配がにじんでいます。歌手活動の華やかさだけでなく、物語の中で生きる顔が増えていった時期です。
おんな太閤記であさひを演じた時期(33歳〜34歳)
1981年の大河ドラマ『おんな太閤記』では、豊臣秀吉の妹・あさひを演じました。きいとも呼ばれる人物で、戦国の世に生きる女性の人生を表現しています。

笠と蓑を身につけた姿では、ほほ笑む口元が生き生きしています。身分や境遇を衣装で伝えながら、表情は親しみやすい。その両方が同居したカットですね。

婚礼の場面では、衣装も髪型も改まり、ぐっと静かな表情に。同じ役でも、場面によって印象が大きく変わります。

雪景色を背景にした姿には、華やかな衣装とは裏腹の心細さも感じられます。可愛らしい顔立ちを生かすだけでなく、人物が置かれた状況まで伝える演技が印象的です。
おしんの母ふじ役が印象深い30代半ば(35歳〜37歳)
泉ピン子さんの代表作の一つが、1983年の連続テレビ小説『おしん』。主人公の母・谷村ふじを演じたときは、35歳から36歳でした。役柄の落ち着いた印象から、当時の実年齢を知って驚く方もいるかもしれません。

雪の中のアップでは、髪を飾らず、厳しい生活を思わせる装いに。若々しい輪郭を残しながらも、視線には母親としての強さが宿っています。

川辺の場面では、寒さやつらさをこらえるような表情が胸に残ります。華やかなポートレートとは違い、衣装や髪の乱れも含めて、ふじの暮らしを伝えている一枚です。

室内で見せる控えめな笑顔は、厳しい表情との対比が鮮やか。力強さだけでなく、家族へ向ける温かさも感じられます。『おしん』の泉ピン子さんが記憶に残るのは、こうした感情の幅も大きいのでしょう。
いのちで広がった演技の幅(38歳〜39歳)
1986年の大河ドラマ『いのち』では、村中ハルを演じました。現代を舞台にした作品で、時代劇や『おしん』とは異なる衣装や髪型も楽しめます。

吉幾三さんとの場面では、歯を見せた明るい笑顔に。相手との距離の近さが伝わる表情で、泉ピン子さんの親しみやすさがよく出ています。

淡い色の洋装に髪をまとめた姿は、少し改まった雰囲気。衣装の変化とともに、30代後半らしい大人の表情が見えてきますね。

病床の場面では、穏やかな笑顔から一転し、力の抜けた表情で人物の状態を表しています。こちらはドラマの役としての姿であり、本人の病状を示す写真ではありません。
渡る世間は鬼ばかりと朝ドラの40代(40歳〜45歳)
1990年に始まった『渡る世間は鬼ばかり』で、泉ピン子さんは岡倉家の次女・小島五月を演じました。長く親しまれることになる役の、出発点にあたる時期です。

製作発表の写真では、髪をコンパクトにまとめ、襟元を飾った黒い衣装を着ています。ドラマでの家庭的な姿とは違う、会見らしい華やかさがありますね。

1992年には、連続テレビ小説『おんなは度胸』で山代玉子を演じました。旅館を舞台にした物語で、着物姿もすっかり板についています。作品ごとに別の人物を演じながら、生活感を自然に出せるところが魅力です。
短い髪型が印象的な40代後半(46歳〜49歳)

1995年の会見写真では、髪を短くし、顔まわりをすっきり見せています。20代のふんわりした巻き髪と比べると装いは落ち着いていますが、丸みのある頬や口元には若い頃の面影が残っています。
役の衣装やかつらを離れた取材時の写真を見ると、作品の中とは違う素顔の印象も分かりますね。眉や目元の表情がはっきり伝わる髪型です。
ちょっと待って神様で見せた50代の姿(50歳〜59歳)
2004年のNHKドラマ『ちょっと待って、神様』では、久留竜子を演じました。女子高校生・秋日子と竜子の体が入れ替わる物語で、泉ピン子さんは当時56歳。ユーモラスな設定の中で、豊かな表情を見せています。

外で笑うカットには、頬がぐっと上がる泉ピン子さんらしい笑顔が。少し大きな動きのある表情も、作品の軽やかな雰囲気に合っています。

制服姿も、この2004年のドラマの一場面です。学生時代の写真ではなく、56歳の泉ピン子さんが役として見せた姿。きゅっと結んだ口元が、どこか茶目っ気を感じさせます。

同じ作品のアップでは、眉や目元が柔らかく、制服の場面とは違った落ち着きが見られます。コミカルな顔と静かな顔の切り替えも、見ていて引き込まれますね。
会見やサイン会で見せた60代(60歳〜66歳)

2010年の『渡る世間は鬼ばかり』最終シリーズの会見では、着物姿で登場しました。すっきりしたまとめ髪と、話す相手へ向ける視線から、長年作品を支えてきた存在感が伝わります。

2012年の著書サイン会では、黒と白を組み合わせた洋服姿も。ドラマの役とは離れた装いを見ると、ファッションを楽しむ一面にも目が向きます。

2013年には映画版『おしん』に出演しました。1983年のドラマでは母ふじ、映画版では加賀屋の大女将・くにを演じています。写真は映画の試写会での姿。30年を経て同じ題材に別の役で参加したことも、俳優としての歩みを感じさせます。
スニッカーズCMとドクターX会見の60代後半(67歳〜69歳)
60代後半には、CMと医療ドラマでも強い印象を残しました。表情を大きく動かす芝居と、ぐっと抑えた芝居の違いが見どころです。

2014年のスニッカーズ『ボウリング』篇では、怒ったように口を開くコミカルな姿を披露。ボーダーの服に眼鏡を合わせたカジュアルな衣装も、役柄の可笑しさを引き立てています。

2016年の『ドクターX』では、久保東子役で出演。制作発表の白衣姿は、CMとは一転してきりっとした雰囲気です。眼鏡越しの視線や口元だけでも、印象が変わることが分かります。
泉ピン子の現在は?70代の画像と近況
会見や舞台で見せる70代前半の表情(70歳〜74歳)

2017年の会見では、短い髪と眼鏡がすっかりおなじみのスタイルに。はっきりした目元と、話すときの口元の動きには、歌謡漫談から続く話し手としての個性も感じられます。

2019年の坂本冬美さんの特別公演では、着物姿で会見に登場しました。紫の着物と整えた髪型が華やかで、明るい笑顔が印象的です。同年11月には旭日小綬章を受章しています。

2022年には、内館牧子さん原作の朗読劇『泉ピン子の「すぐ死ぬんだから」』に挑戦。公開稽古時の写真では、明るい色のジャケットと笑顔が目を引きます。映像作品だけでなく、声で物語を届ける舞台でも活動を広げてきました。
著書の取材会に登場した現在(75歳〜79歳)
泉ピン子さんは、2026年11月3日時点で79歳です。2025年には『終活やーめた。』を刊行し、年齢を重ねてからの生き方についても、自分の言葉で発信しています。

2026年は声舞劇『終活を始めた途端、55歳の息子が帰ってきました』に出演。5月には『ピン!として逝くのもいいじゃない』も発売され、6月の取材会では花柄の装いで姿を見せました。写真は79歳の誕生日前、78歳のときのものです。

近影の笑顔を見ると、20代の写真に見られた丸い頬、親しみやすい口元が思い浮かびます。髪色や装いが変わっても、泉ピン子さんらしさを感じる部分は残っていますね。
泉ピン子の夫や子供は?結婚と家族
夫は医師で2人の間に子供はいない
泉ピン子さんは1989年7月、41歳のときに医師の男性と結婚しました。本人は小学館『サライ』のインタビューでも、当時の結婚や夫婦の関係を振り返っています。

夫は芸能人ではなく、医師として活動してきた一般の方です。仕事で見せるにぎやかな印象だけでなく、私生活では長く続く夫婦の時間も重ねてきたのですね。
子供については、2017年の番組出演を伝えたデイリースポーツの報道で、夫婦の間に子供はいないと紹介されています。ドラマで演じてきた母親役と、本人の家族構成は分けて捉えたいところです。
泉ピン子のプロフィール
| 名前 | 泉ピン子(いずみぴんこ) |
|---|---|
| 本名 | 武本小夜 |
| 生年月日 | 1947年9月11日 |
| 年齢 | 79歳(2026年11月3日時点) |
| 出身地 | 東京都 |
| 身長 | 154cm |
| 職業 | 女優・タレント・歌手・漫談家 |
| 所属 | Pi企画株式会社 |
| デビュー | 18歳で歌謡漫談家としてデビュー |
| 代表作 | おしん/渡る世間は鬼ばかり/おんな太閤記/いのち/おんなは度胸 |
| 主な受章 | 2019年旭日小綬章 |
プロフィール出典:Pi企画公式サイト。年齢・近況は2026年11月3日時点。
まとめ
- 若い頃は巻き髪と丸みのある頬がチャーミングで歌謡漫談から女優へ活躍の場を広げた
- おしんやいのちでは役柄によって表情を変え着物姿から洋装まで多彩な姿を見せている
- 70代は朗読劇や著書でも発信し近影にも若い頃から続く親しみやすい笑顔が残っている
